NAMI's LIFE
75c..NAMIの個人ブログ

伝えたい想い。「変わらない」もの。
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「7人のこびとがアンに教えてくれたこと」カリーナ・ステファノバ著
 

 すべての人間には7人のこびとがついていて、子供の頃にはそのこびとたちと一緒に遊んでいたというストーリー。こどもたちがだんだん大人になるにつれてこどもの心を忘れていくと、こびとが見えなくなって、忘れてしまう。ある朝アンが目覚めると、そこに7人のこびとの姿があった。こびとたちはそれぞれ、アンの7つの性格を持ち備えている、こびとたち。

人間誰にも7人のこびとがついているという。それも、自分の性格を持ち備えた、7人のこびと。新しく友達になったり、大人になって人と知り合ったりすると、第一印象と、それから先に進む人、進まない人がでてくる。第一印象がよければ、その先に進むことが多くなるような気がするけど、自分と相手、たった2人の人間だけみても、7つの性格をもっていたらそれだけで何通りの組みあわせができるのだろうと、考えてみた。単純に考えると、7人×7人で49通りの出会いがあるということ。簡単に言えばそうだけど、こびとにたとえて言えば自分の中にいる2人のこびとが誰かに出会うとき、相手が一人かもしれないし3人かもしれない。そう思うと人の出会いは本当に無限だなと、思う。無限の可能性の中でいろんなタイミングがぴったり合ったとき、相手を理解したり、興味をもったり、好きになったりする。だからこそ、まずは自分の中にいる7人のこびとをよく知っていることが大切だなと、思う。

私自身に置き換えて考えてみた。7つの性格?そんなこと生まれて初めて考えてみることだけど、几帳面なところ、せっかちなところ、慎重なところ、怒りっぽいところ、心配症なところ、頑固なところ、それから・・・・おおらかなところ??これで7つだけど、きっともう少し冷静に分析してみると、もっと違う自分が浮上してくるかもしれない。まずはすぐに思いつく7つの面を考えてみても、自分のこびとが7人いたとするとせっかちな自分が全面にでているときと、おおらかな自分が全面にでているときとでは、まったく相手にもたれる印象が違う。自分で考えてもまったく違う面をもっているのだから、人が私をみたときに二重人格かのように思われてしまうのも仕方のないことなのかもしれない。人に深く入っていこうとする理由は、まさにここにあるのかもしれないなと、思う。自分の見える相手の姿がすべてではないということ。それは、相手の中にある要素だけだと思いがちだけど、自分の中にある要素においても、どの部分が触れ合うのかによって、まったく違う方向に進んでいくことがあると思うからだ。

人との関係においてそんなことが言えるのであれば、対顧客、対スタッフ、対友達、対家族・・・家族といっても、対子供、対兄弟、対両親、対主人・・・・など、相手との関係によって、まったく違うつながりがおこってくる。私たちのように家族を相手にする仕事をしていると、対顧客といっても単純に11ではなく、夫婦と子供で基本3名の相手を顧客として向かえることが多いということ、スタッフも1名での対応ではなく、カメラマン、コーディネーター、デザイナーという3名でのセットになっているだけに、いろんな出会いがあるのだ。だからこそ、自分の中の7人のこびとをちゃんと理解するだけではなく、一緒にチームになるスタッフたちの7人のこびとを知っておいてあげるということがその先におこりうるいろんな可能性が広がっていくのだと思う。

自分が一人の人間として存在をしていくというのは、自分ひとりでは絶対にありえないのだということを改めて考える。自分がどんなに長生きをしたとしても、無人島に一人、誰もいない場所に存在しているのであれば、私という人間が存在している理由がどこにあるのだろうか?私たちが出会いを求め、出会いを大切にし、出会いのための空間としての定義づけをしているということは、単なる自分たちの人生を豊かに・・・・という小さな目的だけのためのものではないのだということを、改めて考える。世界にたくさんの人が暮らしているけれど、その中で自分という存在にどんな意味を持ち、どんな価値があるのか?ということを深く考えてみるとき、自分の中にある要素のすべてが、誰かを生かし、その繰り返しで世の中が豊かになっていく姿を想像してみる。自分が大切にしている人に、自分がよくしてあげるということは当然のことなのだ。でも、自分が見ず知らずの人に対し、会ったこともないような人、自分とはまったく生活の環境が違う、文化もちがう人に対し、自分が生きていく上でどんなつながりを感じ、どんな関係を感じることができるのか?と問われたら、そんなことは考えてみたことがないと答える人が多いのだろうと思う。もちろん私自身がそこに集中して考えを持って生きているのかといわれれば、まだまだ不足だらけではあるけれど、自分の考えと決断と、行動に責任を持っていかなければいけないと日々、思う。

どんな場所で何をしていても、私たちが人として、当然のことを当然だと認識し、ともに高めあっていけるような関係がつくれたらどれほどすばらしいだろうと、考える。自分の中にある様々な要素を理解し、私を受け止めてくれる人がいたら、どんなにすばらしいだろう?私も、誰かとの出会いを通し、たくさんの要素を見つけて認め合っていける、そんな人でありたいと思う。だからこそ、共に過ごす人との関係を、常に意識して生きて行きたい。もっともっと自分自身の幅を、深く大きくもっていけるようになりたい。そしてそんな関係を、共に作っていけたらと、心から願う。

| 00:08 | ドクショ | comments(0) | trackbacks(0) |









 
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